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東京地方裁判所 平成11年(行ウ)191号 判決 2000年7月24日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成九年一〇月二八日付けでした原告の平成八年分所得税の更正のうち納付すべき税額四万五六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、平成八年中にした家屋の譲渡について、租税特別措置法(平成一〇年法律第二三号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三五条一項に基づく居住用財産の譲渡所得の特別控除の適用があるものとして、平成八年分所得税の確定申告をしたところ、被告が、右譲渡には右特別控除の適用がないものとして、更正及び過少申告加算税の賦課決定をしたことから、原告が、右更正のうち申告に係る税額を超える部分及び右賦課決定の各取消しを求めている事案である。

一  法令等の定め

1  措置法三五条一項は、①個人が、その居住の用に供している家屋で政令に定めるものの譲渡若しくは当該家屋とともにするその敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡をした場合、又は、②当該家屋で当該個人の居住の用に供されなくなったものの譲渡若しくは当該家屋で当該個人の居住の用に供されなくなったものとともにするその敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡を、これらの家屋が当該個人の居住の用に供されなくなった日から同日以後三年を経過する日の属する年の一二月三一日までの間にした場合等には、これらの全部の資産の譲渡に係る譲渡所得の金額から、三〇〇〇万円を限度とする特別控除をすることを認めている(以下、この特例措置を「本件特例」という。)。

2  措置法施行令においては、措置法三五条一項に規定する「政令に定める」家屋とは、個人がその居住の用に供している家屋(当該家屋のうちにその居住の用以外の用に供している部分があるときは、その居住の用に供している部分に限る。)とし、その者がその居住の用に供している家屋を二以上有する場合には、これらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋に限るものとされている(措置法施行令二三条一項が準用する同施行令二〇条の三第二項)。

3  通達においては、措置法三五条一項に規定する「居住の用に供している家屋」とは、その者が生活の拠点として利用している家屋(一時的な利用を目的とする家屋を除く。)をいい、これに該当するかどうかは、その者及び配偶者等(社会通念に照らしその者と同居することが通常であると認められる配偶者その他の者をいう。)の日常生活の状況、その家屋への入居目的、その家屋の構造及び設備の状況その他の事情を総合勘案して判定することとされている(昭和四六年八月二六日国税庁長官通達直資四-五(例規)、直所四-五、直法二-六「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて」三五-五、三一の三-二。以下「本件通達」という。)。

二  課税処分等の経緯(当事者間に争いがない。)

1  原告は、平成八年一二月六日、昭和五五年一月三〇日に取得した別紙物件目録記載の建物の専有部分及び敷地利用権(以下「本件家屋」という。)を、代金二八五〇万円で譲渡した(以下「本件譲渡」という。)。

2  原告は、平成九年二月二六日、本件譲渡に係る譲渡所得には本件特例の適用があるものとして、総所得金額を三五〇万九八九〇円、長期課税所得金額を零円及び納付すべき税額を四万五六〇〇円とする平成八年分所得税の確定申告をした。

3  これに対し、被告は、平成九年一〇月二八日、本件譲渡に係る譲渡所得には本件特例の適用がないものとして、総所得金額を三五〇万九八九〇円、長期課税所得金額を一一三四万三三〇七円及び納付すべき税額を二二八万七六〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)をするとともに、過少申告加算税三一万一〇〇〇円を賦課する決定(以下「本件賦課決定」という。)をした(以下、本件更正及び本件賦課決定を併せて「本件課税処分」という。)。

4  原告は、平成九年一二月二五日、本件課税処分を不服として、被告に対して異議申立てをしたが、平成一〇年三月二四日付けで棄却され、さらに、同年四月二〇日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、平成一一年五月二六日付けで棄却された。

三  課税根拠についての被告の主張及びこれに対する原告の認否

被告が主張する本件課税処分の根拠は次のとおりであり、このうち、原告は、1(二)(3)、同(五)及び(六)(2)並びに2を争っている。

1  本件更正の根拠

(一) 総所得金額

三五〇万九八九〇円

(二) 分離課税の長期譲渡所得金額

一一三四万五三〇七円

右金額は、次の(1)の金額から(2)及び(3)の金額を差し引いたものである。

(1) 譲渡収入金額

二 八五〇万円

(2) 必要経費

一六一五万四六九三円

(3) 特別控除額

一〇〇万円

右金額は、措置法三一条三項に規定する特別控除額である。

(三) 所得控除額の合計額

一九五万五八〇〇円

(四) 課税総所得金額

一五五万四〇〇〇円

右金額は、右(一)の金額から右(三)の金額を控除した金額(ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数切捨て後のもの)である。

(五) 課税長期譲渡所得金額

一一三四万五〇〇〇円

右金額は、右(二)の金額(ただし、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数切捨て後のもの)である。

(六) 納付すべき税額

二二八万八〇〇〇円

右金額は、次の(1)及び(2)の各金額の合計額二四二万四四〇〇円から次の(3)及び(4)の各金額の合計額一三万六四〇〇円を控除した金額である。

(1) 課税所得金額に対する税額

一五万五四〇〇円

(2) 課税長期譲渡所得金額に対する税額

二二六万九〇〇〇円

右金額は、右(五)の金額に対し、措置法三一条一項に規定する税率を乗じて算出した金額である。

(3) 特別減税額

五万円

右金額は、平成八年分所得税の特別減税のための臨時措置法四条に規定する特別減税額である。

(4) 源泉徴収税額

八万六四〇〇円

右金額は、原告が平成八年中に給与の支払を受けた際に源泉徴収された金額である。

2  本件賦課決定の根拠

原告の過少申告には、通則法六五条四項に規定する正当な理由が存しない。そこで、本件更正により新たに納付すべきこととなった税額二二四万円(ただし、通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て後のもの)に通則法六五条一項に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額二二万四〇〇〇円に、同条二項に基づき、本件更正により新たに納付すべきこととなった税額二二四万二〇〇〇円のうち五〇万円を超える部分の税額一七四万円(ただし、通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て後のもの)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額八万七〇〇〇円を加えた金額三一万一〇〇〇円を、過少申告加算税として賦課決定したものである。

四  当事者双方の主張

(原告の主張)

1 原告は、本件譲渡以前において、本件家屋と、昭和五九年五月○日に相続により取得した東京都港区α所在の店舗併用住宅(床面積五七・四八平方メートル。以下「αの家屋」という。)という二つの「居住の用に供している家屋」(措置法三五条一項)を有していた。

個人が、その「居住の用に供している家屋」を二以上有する場合において、いずれの家屋が、本件特例の適用を受けることができる「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」(措置法施行令二三条一項、二〇条の三第二項)に該当するかについては、本件通達の定めるところにより、その者及び配偶者等の日常生活の状況、その家屋への入居目的、その家屋の構造及び設備の状況その他の事情を総合勘案して判定すべきである。また、その者の意思が客観的に判断され得る場合にはこれを重視すべきであり、右の「その他の事情」を「その者の意思」と読み替えて、本件通達を適用すべきである。

そして、本件においては、次の事実に照らせば、本件家屋が右の「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」に該当することは明らかである。

(一) 原告は、昭和五五年二月、本件家屋を取得したが、その当時、αの家屋は原告の父親の所有であり、原告は、右家屋において父親が経営していたJ商会へ本件家屋から通勤していた。その後、原告の父が昭和五九年五月に死亡し、原告は、相続によりαの家屋を取得した。その後も、原告は、本件家屋からJ商会へ通勤するとともに、原告の妻も記帳業務を担当するため、J商会に通勤するようになった。このような状態は、平成六年二月ころまで続き、原告夫婦及びその子(以下「原告ら家族」という。)は、毎日、本件家屋からαの家屋に通い、夕食は本件家屋でとり、週末は本件家屋で過ごす生活を送っていた。

ただ、平成六年二月に原告の母親が倒れてからは、原告ら家族が、αの家屋から本件家屋に帰るのは土曜日、日曜日及び平日の一日ないし二日となった。

そして、原告は、平成八年一二月六日に本件家屋を譲渡した。

(二) αの家屋への原告の入居目的は、主として原告夫婦のJ商会における勤務の都合と、αの家屋に居住していた原告の母親の健康面への配慮にあり、原告ら家族は、このような事情からやむなくαの家屋に入居したものである。仮に、原告の母親が心身ともに健康を回復するとか、事業経営において事務員を雇傭することが可能になる状況が長期的に約束されるのであれば、原告ら家族の日常生活の中心をαの家屋から本件家屋に移すことは明らかであった。

(三) αの家屋は、店舗併用住宅であり、二階の居住用部分にある六畳間二室のうち、一室は母親の部屋であったため、残る一室に原告ら家族五人が寝泊まりするほかなく、収納スペースも限られ、原告ら家族の家財道具は、最低限の必需品を除き、本件家屋に置かれていた。このように、αの家屋は、今日の生活水準に照らすと到底生活の拠点たり得る機能及び構造を備えていなかった。これに対し、本件家屋は、いわゆる四DKの家族向けのマンションであり、生活の拠点として十分な機能及び構造を備えていた。

(四) 原告は、年賀状等の郵便物、所得税の確定申告書、本件家屋の譲渡契約書等には、原告の住所として、すべて本件家屋の所在地を記載していたほか、住民票上の住所も本件家屋の所在地にしていたし、公的機関からの文書の送付先も本件家屋の所在地とされていたから、原告が、本件家屋を生活の拠点であると認識していたことは明らかである。とりわけ、原告は、本件家屋を譲渡するまで、年賀状には、本件家屋の所在地を住所として記載する一方、αの家屋の所在地を全く記載していなかったが、このことは、原告が、本件家屋を生活の本拠と考えていたことの何よりの証拠である。

2 以上の事実に照らすと、原告が日常生活の多くの部分をαの家屋で過ごしていたことは事実であるが、αの家屋への入居目的、αの家屋と本件家屋との構造及び設備の状況の差異、原告の意思を総合勘案すれば、原告が「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」は、本件家屋であったというべきであるから、本件譲渡に係る譲渡所得については本件特例の適用がある。

3 したがって、本件譲渡に係る譲渡所得について本件特例の適用をしないでした本件更正及びこれを前提とする本件賦課決定は違法である。

(被告の主張)

1 次の事実に照らすと、本件家屋が原告の居住の用に供された形跡は認められるものの、原告が、本件家屋を主として居住の用に供していたとは認められず、αの家屋を主として居住の用に供していたものと認めるほかなく、本件特例の適用はない。

(一) 原告は、昭和五五年一月一四日、本件家屋の取得に伴い、αの家屋の所在地から本件家屋の所在地に住民票上の住所を移転し、以後、本件家屋の譲渡まで、右住所の変更をしていないものの、原告の妻は、原告との婚姻に伴い、昭和五九年四月九日に本件家屋の所在地に住民票上の住所を定めた後、昭和六〇年三月二七日に、αの家屋の所在地に右住所を移転している。

また、原告の三人の子は、いずれも出生時(長男は昭和六〇年○月○日、次男は昭和六二年○月○日、長女は平成二年○月○日である。)から、αの家屋の所在地を住民票上の住所としている。

(二) 原告の三人の子は、いずれもαの家屋の近隣の病院で出生し、α地区の小学校及び幼稚園に通学又は通園している。

また、原告ら家族が利用している病院の所在はそのほとんどが港区内である。

(三) 平成三年七月から原告が本件家屋を退去する直前である平成八年六月までの間における電気、ガス及び水道の本件家屋に係る使用量とαの家屋に係る家事用の使用量とを各年分の月平均使用量によって比較すると、右期間における本件家屋に係る使用料とαの家屋に係る家事用の使用料の合計量に対する本件家屋分の使用量の割合は、平成三年のガスに係るものを除いて、いずれも五〇パーセントを大きく下回る極めて低いものであり、この割合は、本件家屋からの退去が近くなるにつれて低くなっている。

また、本件家屋の電気及び水道の各使用量は、一般家庭の平均的使用量と比べても、平成三年及び四年の電気に係るものを除いて、すべて五〇パーセントを下回る極めて低い割合となっている。

右の各事実に照らせば、原告ら家族がαの家屋において日常生活のほとんどを営んでいたことは明らかである。

2 原告のαの家屋への入居目的についてみると、原告の妻の住民票上の住所は、婚姻の翌年の昭和六〇年三月二七日に本件家屋の所在地からαの家屋の所在地に移動しており、また、原告の子の住民票上の住所は、いずれも通学の利便を考える必要がない出生時からαの家屋の所在地に定められているのであって、この点からみれば、原告は当初から、αの家屋を日常生活の拠点と位置付けていたことが十分窺われる。

また、生活の拠点となり得るか否かという観点からαの家屋の構造及び設備の状況についてみると、αの家屋は、店舗併用住宅とはいえ、トイレ、風呂、台所等の設備は備え付けられていること、右家屋では、原告やその両親、姉妹の五人が生活していたことがあること、現に原告とその家族は、少なくとも平成六年二月以降は右家屋で日常生活を送っていることからすれば、原告らが生活できるだけの構造及び設備は有していたものといわざるを得ない。また、αの家屋で事業を営む原告にとっては、利便を考慮すると、多少狭隘であるとしてもαの家屋に生活の本拠をおく理由は十分にあるというべきである。

加えて、原告は、平成三年度以降、αの家屋の所在地の町内会の役員を務め、長年町内会活動に従事しているのであって、α地区の地域に密着した生活をしていた事実が十分窺われる。

3 以上の事情を総合すると、原告が「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」は、本件家屋ではなく、αの家屋であったというべきであるから、本件譲渡に係る譲渡所得については本件特例の適用はない。

4 したがって、本件譲渡に係る譲渡所得について本件特例の適用がないものとしてした本件更正及びこれを前提とする本件賦課決定は適法である。

五  争点

以上によれば、本件の争点は、本件譲渡に係る譲渡所得について、措置法三五条一項所定の本件特例の適用があるか否かという点であり、具体的には、次の点である。

本件家屋が、原告において「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」(措置法施行令二三条一項、二〇条の三第二項)に当たるか否か。

第三争点に対する判断

一  措置法三五条一項に定められた本件特例は、個人が自ら居住の用に供している家屋及びその敷地等を譲渡するような場合には、これに代わる居住用財産を取得するのが通常であるなど、一般の資産の譲渡に比して特殊な事情があり、担税力も高くない例が多いことを考慮して設けられたものである。そのような趣旨に照らすと、同項に規定する「居住の用に供している家屋」とは、個人が生活の拠点として利用している家屋をいうものと解すべきであり、当該家屋が生活の拠点として利用されているか否かは、当該個人及び社会通念上その者と同居することが通常であると認められる配偶者や子等の日常生活の状況、当該家屋への入居目的、当該家屋の構造及び設備の状況その他の事情を総合勘案して判断すべきものと解される。

そして、右の「居住の用に供している家屋」を当該個人が複数有する場合には、これらの家屋のうち、「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」の譲渡についてのみ本件特例の適用が認められるのであるが(措置法施行令二三条一項、二〇条の三第二項)、右の「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」に当たるか否かは、各家屋相互間の比較によって相対的に定まるものであるから、右の「居住の用に供している家屋」に当たるか否かを判断する場合と同様の諸事情を比較検討し、いずれの家屋が当該個人の主たる生活の拠点として利用されているかによって判断すべきものというべきである。

また、居住用財産を処分しようとする場合には、譲渡時まで引き続いて当該家屋に居住することが困難な事情があることが少なくないことから、本件特例は、現に居住の用に供している家屋の譲渡のみならず、当該家屋を居住の用に供しなくなった後一定期間内の譲渡についても特別控除を認めることとしている。右の趣旨に照らせば、前記の「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」に当たるか否かの判断時期は、現に居住の用に供している家屋が譲渡された場合においては右譲渡時であることはいうまでもないが、居住の用に供されなくなった、家屋が譲渡された場合においては、右譲渡時ではなく、当該家屋が居住の用に供されなくなった時であるというべきである。

二  そこで、これらを前提として、本件家屋が、原告において、右の「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」に当たるか否かについて検討するに、各項末尾掲記の証拠等によれば、以下の事実が認められる。

1  本件家屋は、台所、食事室、浴室、トイレ及び居室四室(六畳及び四・五畳の和室並びに約四・五畳の洋室二室)のいわゆる四DKタイプのマンション(床面積五一・二一平方メートル)であり、αの家屋は、別紙図面のとおりの間取りの店舗併用住宅(延床面積五七・四八平方メートル)である。

(甲一の二)

2  原告は、父親が所有していたαの家屋において出生し、ここで成長した後も、父母と右家屋に同居して、右家屋において父親が経営するJ商会で稼働していたが、昭和五五年一月に本件家屋を取得した後は、本件家屋に居住し、J商会があるαの家屋に通うようになった。

原告は、昭和五九年三月に婚姻したが、当初、本件家屋に居住していた原告の妻も、J商会の業務を手伝うために、αの家屋に行くことがあった。

(甲六、乙一一)

3  原告は、昭和五九年五月、父親の死亡に伴い、相続によりαの家屋を取得した。そのころから、原告の妻も、J商会の記帳業務を担当することとなり、J商会のあるαの家屋に通うことが多くなった。昭和六〇年九月、原告に第一子が出生して以降は、原告ら家族は、平日は、毎朝、本件家屋からαの家屋に赴き、日中はαの家屋で過ごし、夕刻以降に本件家屋に戻るということが多くなり、平成五年ころには、αの家屋でそのまま宿泊することも少なくなかった。

そして、αの家屋に居住していた原告の母が平成六年二月に脳梗塞を発病して以降は、原告ら家族は、平日のほとんどはαの家屋で寝泊まりし、週末のほとんどを本件家屋で過ごすという生活を送るようになった。

(甲六、乙一一)

4  原告の三人の子は、昭和六〇年九月、昭和六二年二月、平成二年一月に、いずれもαの家屋の近隣に所在する東京慈恵会医科大学附属病院で出生し、αの家屋の近隣に所在する港区内の小学校及び幼稚園に通学又は通園している。

また、原告ら家族は港区内の病院を利用している。

(甲六、乙七、同一六、弁論の全趣旨)

5  一般家庭の一箇月当たりの電気及び水道の平均使用量に対する本件家屋の電気及び水道の各使用量の割合をみると、平成五年以降、電気については五〇パーセント未満、水道については二〇パーセント未満の割合にとどまっている。

また、平成五年一月から平成八年七月までの間、本件家屋における電話の一箇月当たりの通話料が一〇〇円を超えた月は六箇月しかない。

なお、本件家屋においては、電気は平成八年八月以降、水道は同年五月以降、ほとんど使用されておらず、ガスは同年六月以降、電話は同年七月一七日以降使用されていない。

(甲一の二、乙九、弁論の全趣旨)

6  原告は、平成三年以降、αの家屋の所在地の町内会の役員を務めている。

(乙一七の一ないし六、弁論の全趣旨)

7  原告は、昭和五五年一月、αの家屋の所在地から本件家屋の所在地に住民票上の住所を移転し、その後平成八年一二月に本件家屋の譲渡に伴い再びαの家屋の所在地に右住所を移転するまでは、本件家屋の所在地に右住所が定められていた。

他方、原告の妻は、原告との婚姻に伴い、昭和五九年四月に本件家屋の所在地に住民票上の住所を定めたが、昭和六〇年三月にはαの家屋の所在地に右住所を移転しており、原告の子三人は、いずれも出生時から、αの家屋の所在地に、住民票上の住所を定めている。

(乙六、同七)

8  原告は、平成八年九月にαの家屋を取り壊して家屋の建替工事に着手し、平成九年五月に新しい家屋が完成した。

原告は、αの家屋の建替工事を始めるに当たり、東京都港区α六番八号所在の木工所の二階を賃借し、原告ら家族は、右工事期間中は右賃借物件に居住していた。原告は、右賃借物件での居住を始めるに当たり、引越業者に依頼して本件家屋から原告ら家族の家財道具を右賃借物件に運び込むとともに、αの家屋にあった家財道具を、自らが数回に分けて、右賃借物件に運び込んだ。

(乙三、同五、同一一、同一六)

9  原告は、平成八年一〇月二六日に本件家屋の売買契約を締結し、同年一二月六日に右売買契約に基づきこれを引き渡し、もって本件家屋を譲渡した。

(乙一、同二)

三1  前記二の認定事実によれば、原告ら家族は、平成六年二月ころには、ほとんど週末しか本件家屋において寝泊まりをしないようになっていたものの、本件家屋には原告ら家族の家財道具も置かれており、原告ら家族は、週末には右家屋で過ごしていたというのであるから、電気、水道、ガス及び電話がほとんど使用されない状況になった平成八年七月ころまでは、本件家屋は、原告の生活の拠点として利用されており、原告の「居住の用に供している家屋」(措置法三五条一項)であったということができる。

他方、原告ら家族は、遅くとも平成六年二月ころには、平日の大半はαの家屋に寝泊まりするようになっていたのであるから、そのころから、右家屋が取り壊された平成八年九月ころまでは、右家屋も原告の生活の拠点として利用され、原告の「居住の用に供している家屋」(同項)であったということができる。

そうであるとすれば、本件譲渡について本件特例の適用があるかどうかは、本件家屋が居住の用に供されなくなったと認められる平成八年七月ころ、本件家屋が、原告において、「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」(措置法施行令二三条一項、二〇条の三第二項)であったか否かによって判断されることになる。

2  そこで検討すると、原告ら家族は、遅くとも平成六年二月以降は平日の大半はαの家屋で寝泊まりし、本件家屋においてはほぼ週末のみを過ごしていたにとどまるほか、原告夫婦はαの家屋所在のJ商会で稼働していたこと、原告の子はαの家屋の近隣に所在する小学校及び幼稚園に通学又は通園していたこと、原告は、平成三年以降、αの家屋が所在する地区の町内会活動に役員として関与し、右地区の地域社会にも密接に関与していたことの各事実に照らせば、原告ら家族は、平成八年七月ころにおいては、専らαの家屋を中心として日常生活を送っていたことが明らかであり、原告は、本件家屋ではなく、αの家屋を、主たる生活の拠点として利用していたものと認めることができるから、本件家屋は、右の「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」に当たらないというべきである。

四1  原告は、αの家屋への入居目的は主として勤務の都合及び母親の健康面への配慮にあったこと、αの家屋は今日の生活水準に照らすと到底生活の拠点たり得る機能及び構造を備えていなかったこと、年賀状等の郵便物等には住所として本件家屋の所在地を記載し、原告の住民票上の住所も本件家屋の所在地にしていたなど原告が本件家屋を生活の拠点であると認識していたことを総合勘案すれば、原告が主として居住の用に供していた家屋は本件家屋である旨主張する。

2  確かに、生活の拠点と認められる複数の家屋の存在が認められる場合において、いずれの家屋が主たる生活の拠点として右の「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」に当たるかを判断するに際しては、当該家屋への入居目的も判断要素の一つとなり得ることは前示のとおりである。

しかし、「主として居住の用に供している」というためには、当該家屋が、客観的に主たる生活の拠点としての実体を備えていることを要することはいうまでもないから、当該個人及び社会通念上その者と同居することが通常と認められる配偶者や子等の日常生活の状況が最も重要な判断要素となるというべきであって、当該家屋が、これらの者の日常生活の状況等に照らし、客観的に主たる生活の拠点としての実体を備えていないことが明らかである場合には、入居目的を考慮に入れても、当該家屋を「主として居住の用に供している」ものと認めることはできないといわざるを得ない。

したがって、原告ら家族が平日の大半はαの家屋で寝泊まりし、本件家屋においてはほぼ週末のみを過ごしていたにとどまること、原告の子はαの家屋の近隣に所在する小学校及び幼稚園に通学又は通園していたこと、原告はαの家屋が所在する地区の町内会活動に役員として関与し、右地区の地域社会にも密接に関与していたことといった前示の事実関係の下では、本件家屋は、αの家屋との比較において、客観的に主たる生活の拠点としての実体を備えていたとは到底いうことができないから、前記二に認定した事実によれば、原告がαの家屋で居住を始めた理由が、原告夫婦のJ商会での勤務の都合及び原告の母親の健康面への配慮にあったことが窺えることをもってしても、なお、本件家屋を「主として居住の用に供している」ものと認めることはできない。

3  また、前記二の認定事実によれば、αの家屋は、店舗併用住宅であって、その居住用部分は本件家屋よりも相当程度狭隘であることが認められるものの、トイレ、風呂、台所といった日常生活に必要な設備は備わっていたこと、現に原告ら家族は、少なくとも平成六年二月以降は、αの家屋で平日の大部分を寝泊まりしていたことに照らせば、αの家屋が主たる生活の拠点たり得る設備及び構造を有していないとまではいうことはできないから、αの家屋が本件家屋よりも相当程度狭隘であることをもって、αの家屋を主たる生活の拠点として利用していたものと認めることの妨げになるということはできない。

4  さらに、原告は、原告が本件家屋を生活の拠点であると認識していたことをもって本件家屋を「主として居住の用に供している」ものと認めるべきである旨主張する。

確かに、証拠(甲四の一ないし四、同六、乙二)及び弁論の全趣旨によれば、平成二年から平成八年までの間に原告が発送した友人関係の年賀状、平成七年分の所得税の確定申告書及び本件譲渡に係る契約書に記載された原告の住所が本件家屋の所在地であったことが認められるが、他方、前記二の認定のとおり、原告の妻は昭和六〇年三月にはαの家屋の所在地に住民票上の住所を移し、原告の子は、いずれも出生時からαの家屋の所在地に住民票上の住所を定めていることに照らすと、原告の住民票上の住所が本件家屋の所在地とされていたことを併せて考慮しても(ただし、証拠(乙一、同一五、同一六)によれば、本件譲渡に至るまで、原告が住民票上の住所を本件家屋の所在地としていたのは、本件家屋の取得に際して住宅金融公庫から受けた融資の一括返済を余儀なくされることを回避する意図もあったことが窺える。)、外部に現われた事実から推知される原告の意思が、本件家屋を主たる生活の拠点とするものであったとまで断定することは困難である。

また、そもそも、本件家屋が、αの家屋との比較において、客観的に主たる生活の拠点としての実体を備えているとは到底いうことができないことは前示のとおりであるから、原告が本件家屋を主たる生活の拠点であると認識していたとしても、そのことをもって、本件家屋を「主として居住の用に供している」ものと認めることはできない。

五  以上によれば、本件家屋が、原告において、「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」(措置法施行令二三条一項、二〇条の三第二項)に当たらないとした被告の判断に誤りがあるとは認められないから、本件譲渡に係る譲渡所得に、措置法三五条一項所定の本件特例の適用がないものとしてした本件更正及び右更正を前提とする本件賦課決定は適法というべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 村松秀樹)

裁判官 徳岡治は海外出張のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 市村陽典

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